銀河の遥か彼方にある金属生命体の惑星は、巨大な隕石により崩壊した。すんでのところで災害を免れた宇宙移民船団は、改修の終わった“地球製宇宙船グローバリー号”に導かれて地球圏へ向かうものの、航行中のトラブルによりワープ装置が暴走してしまう。
気づいたらそこは数万年前の太古の太陽系だった。
このタイムパラドックスにより世界の時間軸は9つに分岐することになる。
西暦2021年 日本
潜水型オーガロイドの赤黒い球体が浮上する。数分も波に揺られれば密かに手配しておいた漁業組合の船が湾内を曳航していった。
スルガル湾は同名のトラフ(プレートが沈み込む海底の溝)により世界屈指の深海を誇る。
富士山から流れ込むミネラル、南洋からの黒潮で生物の住みやすい環境が整い、湾内西にある水深32mから100mの台地『石花海(せのうみ)』が産み出す浅瀬のおかげで1000種類以上の魚介類が獲れる奇跡の漁場となっている。
そんな湾内を進む漁船にクローアームの爪を立てた不気味な球体は去年、尖閣諸島沖で米軍籍の096型原子力潜水艦(※中国原子力潜水艦)を拿捕した“国籍不明の”大型オーガロイドを国連宇宙軍が密かにコピーして小型化に成功したものだ。
それは南海トラフを通り、スルガル・トラフを利用して静岡に潜入していたのだ。
その軍用機から這い出してきた男を見た漁船の船長はさぞ驚いたことだろう。
がたいのよい男は赤い顎ヒゲを生やし、Tシャツに丈の短いジーンズにリュックといった道楽にしか思えないラフな格好をしていたのだから。
我ながら良いアイディアだと顎ヒゲの男は思う。今日は眼帯も外してお洒落な義眼に変えてある。その為、船員達はむしろ上を向いたままの右目に驚いていたのだが……。
ーーと、いう体で進めさせていただきます。
静岡県富士市のタゴノ浦……。
縄文時代早期にペルシャからやって来た移民たちはここに港を築き、その場所にタゴンという暴風の神を祀ったことでこの名前がついたという。昔から天候が崩れると船が沈没するポイントなのだ。
愛鷹山の中央にちょこんと乗っている位牌カ岳(いわいがたけ)は人工的に建造されたピラミッドで、麓のエノオ地区から登る事が出来る。
いま顎ヒゲの男が歩いているエリアを《浮き島》という。その地名が指しているのはここが古代において巨大な沼地であり、人が乗れるほどの強度の小島が幾つもプカプカ浮かんでいて風に吹かれてはそれが移動していた事に由来する。 今は干拓されて田園地帯だが、すすきが密集している場所には隙間から大きな水溜まりが垣間見えるし、地震が起きれば道にひびが入って通行出来なくなる箇所もある。
東タゴノ浦駅から真っ直ぐ伸びるこの道路には、大昔はロープで支えられた浮き橋が並べられ愛鷹山麓の大神殿、そして頂上にあるピラミッドへの参道を形成していたという。
尚、現在は大神殿の跡として飯綱神社が残る。
今は確認できないが、少なくとも昭和50年代に調査隊が入った時には、かつて存在した大神殿の入り口を示す男鹿塚(おがづか)と女鹿塚(めがづか)が残っていたという学者もいる。
古代メソポタミアや古代ギリシャと同じ形式の神殿を山を加工することで完成したこの場所は、インドやハワイを含む南洋同盟、ユーラシア大陸、アメリカ大陸からやって来た日、月、火、水、木、金、土という自然と竜、亀、鳥、獅子、犬、鹿、猿という動物、合計13トーテムの下に集まった氏族により運営されていた。
愛鷹山の麓には密集する住宅に紛れて変わった神社やお寺が沢山ある。
神々への最初の信仰から枝分かれしたものと思われる。
影響力の強かった古代13のトーテムの一つ、鹿をトーテムとしたサカ族が仏教を発明してヒューマニズムに転換したのを皮切りに政変などの影響で愛鷹山信仰の形態が変わっていったのだという。
飛鳥時代より遥かに先行して仏教の概念が入ってきた結果、古代の神々は早い段階で『変わった名前のホトケ様』に生まれ変わり生け贄の儀式は天児(アマガツ)という土人形に置き換わっていった。
蚊に刺された頬を掻いたその指で、赤い二本の刺青をさする。金属質の刺青は表面が滑らかだった。
この赤髪、顎ヒゲの男が月のコールドスリープより目覚めて10年、国連宇宙軍の教導隊パラディン発足から早くも6年が経過していた。